研究開発の投資対効果を最大化するマネジメントとは

幸いなことに、日本での新型コロナの感染被害は、諸外国に比べ小さなものでした。しかしながら、経済的に見れば、今後日本を取り巻く状況は極めて見通しの悪いものとなっています。こうした、かつて無い不確実性の中で、経営者は投資に対し消極的になっていくと予想されます。ただし、製造業において、いったん開発投資を止めてしまえば、次に浮上するのは至難の業です。そこで経営者は、できるだけ投資対効果の高い研究開発に集中したいと思うでしょう。今回は、投資効果の高い研究開発の見極めと、そのマネジメントについて考えてみます。

研究開発の投資対効果を最大化する

研究開発の投資対効果を最大化するマネジメントとは、今ある研究開発の有効活用をまず考えるということです。

投資対効果を最大化するということは、できるだけ投資を小さくするか、効果の高いところへ投資するか、その両方を考えることです。できるだけ投資を小さくするには、新たな開発に着手するのではなく、今ある開発を利用するのが得策です。ただし、ただ利用するのではなく、異なる開発を組み合わせて、新たな価値を生み出すことを考えます。こうすれば、つなぎ合わせる部分の開発だけで済みますし、今ある開発を利用することで、ある程度の参入障壁を築くことができるからです。

X社の事例

クォークでは、「技術は人に紐づく」という考えから、特定企業の技術を見る際には、人のつながりによって技術の境界を定義します。

それではX社を例に考えていきましょう。これは、X社の過去3年分(2016年〜2018年)の技術情報をもとに、開発体制を可視化したものです。人のつながりの密度を計算し、各技術の境界を定義しています。矢印部分が、X社のコア技術と考えられますが、概ねインクジェットプリンター関連技術です。他に、プロジェクター関連技術、ヘッドマウントディスプレイ、身体能力評価(スマートウォッチ?)、ロボット関連技術が確認できます。中央部分の細かいグループは、この期間では孤立した開発だと言えます。初期段階の技術開発なら、今後の必要性を議論する必要があるかもしれません。そうでないなら、他グループとの何らかのシナジーを検討すべきかもしれません。また、開発の重複や、リソース配分の最適化も必要かもしれません。

X社の開発体制(2016年〜2018年)

次に、念のため1年分に切り分けて細かく見ていきましょう。なぜなら、上記3年間で、人の移動やテーマ変更があった場合、その時間的な変化が見えないからです。ただし、細か過ぎると、今度はつながり自体が切れてしまうので注意が必要です。では、2016年の開発体制を見てみます。インクジェットプリンター関連技術がコアであることには違いありませんが、ヘッドマウントディスプレイやロボット関連技術があまり目立っていません。身体能力評価や運動解析(スマートウォッチ関連?)やプロジェクターは一定の規模があります。

X社の開発体制(2016年)

一方、こちらは2018年の開発体制です。ヘッドマウントディスプレイやロボット関連技術は、2018年ではっきりと認識できます。合わせて虚像装置(AR?)も一定の規模で開発されています。その一方で、運動解析や身体能力評価といったスマートウォッチ周辺技術は縮小されているようです。プロジェクターも目立ちません。

X社の開発体制(2018年)

つまり、X社は過去3年において、プロジェクターやスマートウォッチ関連を縮小し、スマートグラスやロボティクスに開発リソースを振り向けてきたことが分かります。しかしながら、コアであるインクジェットプリンター関連グループと比較すると、規模が小さく、リソースが分散しているように見えます。したがって、これらのグループを有機的に連携させ参入障壁を築きつつ、価値を生み出していくマネジメントが必要です。

経営戦略・事業戦略と一体で考える

それでは、どうやって異なる開発グループを連携させればよいでしょう。そのためには、冒頭の投資対効果のうち、今度は効果に着目する必要があります。効果が期待できるテーマに向けて、連携させるということです。例えば、X社2018年の開発体制であれば、スマートグラスとARそしてロボティクスを融合し、医療機器(ロボット支援手術)に応用するなどが考えられます。

ただし、どのようなテーマに振り向けるかについては、今後外部環境がどのように変化するか、未来シナリオが必要です。そして未来シナリオは、不確実性の挙動に応じ、複数想定しておく必要があります。自社にとって何が重要な不確実性か、また複数の未来シナリオにおいてどう振る舞うかは、その企業の経営戦略、事業戦略になってきます。開発グループを連携させるにしても、戦略に沿ったものでなければ効果が期待できません。

このように、投資対効果を最大化するには、経営と技術を一体で考える取り組みや人材が重要になってきます。もしこうした取り組みが手薄になっているなら、このタイミングで不確実性を洗い出し、戦略を見直して、開発体制の再構築を考えたらいかがでしょうか。

今回の分析は、情報分析ツール「Quark Apps」を使っています。Quark Appsは、情報の自動収集、前処理、ビジュアル化、機械学習(AI)をExcelから操作できるようにした、Quarkオリジナルのパッケージです。